漠然とした不安 ー 先を考えざる負えない現代人
未来を考えさせる農耕
200万年前から2万年前までの約198万年間、狩猟民族であった人間は、約2万年前に農耕をはじめました。
農耕は未来の時間を考える必要があります。
日本での稲作を例に考えると、春ごろに田んぼの整備をして苗を植えます。途中、鳥や害虫の対策を講じながら、秋に収穫を迎えます。収穫後の冬は休田状態になります。
このスパンは通常1年周期です。
つまり、1年先の未来を考えながら動く必要があるのです。
この1年先を見越して考えることに人の脳みそはまだ慣れていません。
人が地球に存在してから、99%の期間(198万年間)は、どんなに長くても1日のスパンで考えれば良かったのです。
朝、日が昇ると起き、男は狩りに出て、女・子供は木の実などを採取しに出かけます。昼前には戻ってきて、あとは仲間と夕方まで談笑、そして寝るというサイクルの繰り返しです。
この生活に1年以上先のことを考える必要はありません。
1年以上先を考える必要が生まれたのはつい最近のことです。
未来への不安
現代ではその日に食べるものがない、危険な動物に不意に襲われるという心配はなくなりましたが、未来というつかみどころのない不安が起きるようになりました。
先のことを考えなければ未来への不安はないのですが、現代では時間という概念が植え付けられています。
3歳になれば幼稚園に行き、6歳になれば小学校に入る必要があります。12歳になれば中学校へ行き、15歳からは高校です。
未来を考えずに生きることができないのです。
社会人になって家を買ったりするとローンが発生します。
ローンは時間の概念そのものです。35年という超長期な期間を考えさせられます。
サラリーマンともなれば、時間の概念がなくては失格です。(サラリーマンでなくてもそうですが・・・)
・毎朝9時までには出社する。
・来週の火曜日までに資料を完成させる。
・イベント開催日は決まっており、それまでに準備をしなければならない。
・納品日に商品を届けなければならない。
・予約の時間を守る。
・期末の売上目標は達成できるのか。
ありとあらゆるものに時間の概念が付随してきます。
本来、世の中に時間というものは存在しません。
人間が便宜上、勝手につくり上げた未来を想定するルールになります。
予測不可能な世界
人は1秒先に起きることすら、当てることができません。
それにもかかわらず、遠い未来を考えさせられるのです。
狩猟民族のように長くても1日先を考えればいいのであれば、未来への不安は軽減されます。
しかし、何年も先を考えなければならないとなると、1秒先も予測できないのにはるか先まで考えなければならないことになります。
このとらえどころのない、得体のしれない、予測不可能な未来への不安が人を苦しめます。
精神面だけを考えると
狩猟民族でも1秒先は読めなかったはずです。
確かにそうです。
しかし、長期にわたり思い悩む必要はなかったのです。
森から猛獣が襲ってきたとしても、逃げるか戦うかの二択です。
しかも結果はわかりやすいです。
逃げることを選択して逃げ切れてよかったか、逃げ切ることができず襲われて死んでしまうかです。
戦っても同様です。戦って勝つか、戦って負けて死ぬかのどちらかです。
1年も先の長期にわたって悩む必要はないのです。
衛生面、栄養面、医療面などを考慮せず、将来の不安という精神面だけを比較すると現代人より、将来を考える必要のない狩猟民族の方が幸せでした。
考えてもわからない未来を考えるよりも考えない方が幸せになります。
未来はいくら考えてもわからないからです。
現在でも存在する狩猟民族で自殺者はいません。
人間以外の動物でも自殺するものはいません。
長期スパンによる時間の概念がないからです。
長期スパンの時間の概念がないと、予測もできない、よくわからない将来のことで悩み、得体のしれない不安に襲われることがないからです。
今、現在を生きる
長期休暇をとったり、休みが不特定な仕事、仕事があるときに仕事を行う人たちは、曜日の感覚がなくなります。
この時間の概念が薄らぐ(現代人で完全に無くすことはむずかしい)生活のやり方は精神的な幸せをもたらします。
ある意味、その日暮らしの出たとこ勝負になるのです。
仕事があれば仕事をするし、なければしない(できない)状態です。
遠い未来を考える必要はなく、今、この現在に集中している状態です。
計画性が不安を招く
・でも、そんな生活をしたら、将来、食うに困るようになるのではないか?
・そんな計画性のない生き方をしたら将来が不安だ!
今現在も狩猟民族は存在します。
食うに困っているでしょうか?
多少困ることもあるでしょうが、みんなで助け合って生きています。
計画性のない生き方といいますが、未来を考えることの方が不安を増幅させるのです。
狩猟民族は将来の計画まで考えていません。その日暮らしですが、将来の不安を抱えていません。
逆説的な言い方になりますが、計画的に将来を考える方が不安になるのです。
その不安の最大の要因は「未来はだれにもわからない」ことです。
だれにもわからないことを考える、正確な答えがないことを考える、これほど不安になることはありません。
だれに聞いても明確な答えを出すことはできないのです。
不安を解消するために
この不安を少しでも癒す、あるいはすがるために占いや宗教が存在します。
狩猟民族にも儀式的なものが存在します。これは狩猟民族でも少しだけ時間の概念が存在することを示しています。ただ、基本的には長くても1日スパンの時間概念になります。
占いや宗教は未来を考えるようになった人間の不安をやわらげる効果があります。
当たる当たらないの問題ではなく、漠然とした不安な状態に、ある程度の方向性を示してくれるのです。
人は方向性(道しるべ)があれば、全くわからなかった未来に少しの光が指し、不安がやわらぐのです。
現代人で時間の感覚をなくして生活することは困難です。
しかし、「ありたい状態」などの道しるべは希望をもたらします。ありたい状態に達成するためには計画が現れますが、目指す方向性が決まっていれば、未来への漠然とした不安はなくなります。